映画『男たちの大和』   

なぜ、今 『大和』なのか
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原作の辺見じゅん著「男たちの大和」(上)(下)を読み終えてから、映画を見ようと決めていたが、読み終えないうちに早く見たいと言う思いが強くなり、年が明けて、私は一人で映画館に走った。
辺見じゅんが大和の生存者百三十人に直接会い、三年の年月をかけて徹底した取材を重ねたというノンフィクション小説の映画化といえども、今の時代にあって、ひょっとして、美しい海軍の姿が今の若者の憧れになり、戦争賛美になりはしないかと懸念を抱いていたことも事実である。

c0072993_10253394.jpg映画館は、平日であったが、ほぼ満員で、年配の方が多いように感じた。大和の全景と、甲板に整列した特別年少兵の希望に満ちたういういしい姿が大写しになったとき、もう、涙がこぼれた。始まった直後から、すすり泣く声が聞こえるのも、大和が多くの日本人に、悲劇の戦艦のシンボルとして心に染み入っていることに他ならない。
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映画は(監督、脚本、佐藤純彌)中心となる内田兵曹の養女内田真貴子(鈴木京香)が、鹿児島の枕崎海岸で、明日香丸の神尾船長(仲代達也)に、北緯三十度四十三分、東経飛躍二十八度四分の東シナ海に船を出して欲しいと頼むところから始まる。そこは、昭和二十年四月七日に戦艦大和が沈んだ場所であった。そして、神尾は大和の乗組員の特別年少兵であったという設定になっている。話は、昭和十九年二月五日にさかのぼり、大和の回想シーンが始まる。
主に特別年少兵や下士官の、大和の船上での姿が中心に描かれている。彼らには、憧れの大和での厳しい訓練と教育が続く、上官、烹炊所班長森脇二等兵曹(反町隆史)と、機銃射手の内田二等兵曹(中村獅童)と出会い、勇気ある極めて人間的なこの二人の上官を知り尊敬を抱いていく。日本海軍が壊滅的大打撃を受けるレイテ海戦へ加わり年少兵たちは、初めて悲惨な実戦を体験し、脅え、混乱し戸惑うが、森脇に叱咤、激励される。内田も片目を失い重症をおい、海軍病院へ移される。
そして、日本の敗色が濃くなった昭和二十年三月、沖縄への出撃を前に最後の上陸が許され、それぞれの別れの時が来た。
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大和に戻った乗員の中には、病院から抜け出した内田の姿もあるのである。
四月一日、米軍の沖縄上陸作戦が本格的に開始され四月五日、大和の沖縄特攻の命が降りる。乗組員は、「死ニ方用意」を始めていった。四月六日、ついに出航、四月七日、雲の彼方から米軍の大艦隊があらわれ、大和の最後の戦いが始まる。

正直なところ私は、実際の大和について詳しく知っているわけではなかった。大和というと、地球を救うという崇高な使命を持って、宇宙へ飛び立っていく、松本零士の、子供と涙ながらに観たあの「宇宙船艦ヤマト」の使命と、「大和」が日本を守り救う役目のような戦艦であったという勝手な思いが交錯していた。
私はこの映画を見て、戦争賛美になりはしないか、などと考えたことが、あさはかでおこがましく恥ずかしかった。この映画は決して過去の物語で終わってはいなかったからだ。今の時代希薄になってはいないかと思う親子の愛、友人との絆、恋人との愛が悲劇として人間ドラマを展開し、涙を誘った。そして美しい日本のふるさとの風景を思い出させてくれた。登場する母は、みな子供に「生きて帰れ」と言った、「天皇のため」、「お国のために立派に死んでくれ」とは一言も言わなかった。母からの反戦の叫びであった、
最後の戦闘シーンでは、実寸大の大和のセットと最新のCGとデジタル合成作が使われあまりの迫力に、米軍がそこまで大和を傷めつくす必要があったのか、艦からの退去命令をもっと早く出せなかったものかと、時を超えて悔やまれた。
c0072993_10405770.jpgそもそも、対空交戦が主流となっていく時代に、昭和11年1億2600万円(現在に換算して2600億円)もの巨額の予算を投入し、秘密裏に造られたこと事態、軍部の身勝手な時代遅れの感覚だ。最後には、小規模な艦隊の援護しかなく、三千人余を積み込んだ「巨大な箱」となった大和は、米軍の餌食でしかなかったのではないか。
大日本帝国海軍の「威信」とは何だったのか。臼淵大尉(長嶋一茂)の「負けて目覚める」という言葉がむなしくさえ感じた。その後に続いた原爆での多大な犠牲を払っての遅すぎた終戦の責任はどこにある、戦後六十年の総括としては、そのあたりが私には物足りなく思った。
無残にも海の藻屑となって行った乗組員と、大和の生き残りの人たちの想像を絶する苦悩の戦後を思うと申し訳ないが、アジアへの侵略という野望のために有無を言わさず猛進させられ、死んでいった国民は、『大和』だけに限らない。その人たちの思いと残ったものの反省の上に我々は立っている。そんなことを思いながら映画館をあとにした。

映画のラストシーンが素晴らしい、
老、神尾船長に変わって明日香丸を操縦する敦少年の、あの「平和への決意」をこめた瞳が輝いていた。


年明け早々、重たいテーマになってしまいました。
憲法9条を変えようとする動きのある、今だからこそ
是非、一人でも多くの方に見ていただきたい映画です。

by taizann | 2006-01-10 09:51 | エッセー

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