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[KyoutoLOCO2005]   

バイスクルメッセンジャーの祭典
            [KyoutoLOCO2005]に紛れ込む 
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〔ブーログダイアリー〕というブログを開設しているブーさんが、9月の23,24日の連休に京都でイベントがあると言うので、何のイベントかもわからず、どうもブログからは、自転車の競技会みたいと勝手に決め付けてしまい、「京都であるなら、ブーおばちゃんも京都にはいるからね、沿道から手を振るぐらいならできるよ」とコメントしておいたのだった。
イベントが近くなったある日、「スタッフの中に入って手伝ってもらう方が楽しんでもらえるから、どうですか?」との連絡があった。
私はブログには、極力身分を明かしたり、自分と特定されることには、注意を払ってきたし、顔を会わせるなんてとんでもない、恥ずかしくて言いたいことが言えなくなるのは、ブログらしくないと勝手な態度で通している。それにブログストーカーなる者や、出会い系サイトではないが、会って騙された話をたまに耳にするからだ。私に限らず、みなさんも少なからず気を使っておられるのが正直な所であると思っている。
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でも、ブログからのブーさんの写真や、載っている記事の内容からして、どこか憎めない、人懐こさが感じられ<あの顔は悪い人ではなかろう>(失礼)と、「出来ることがあれば、いいですよ、何なら友人は大病院の元婦長さんだったから、一緒に救護班でもしますよ」軽く応えた。
友人は「いったい何があるの?」「どうも自転車の世界的な競技会があるらしい」「貴女は、国際マラソンのボランティアの経験があるからそれを生かして手伝ってほしい」と、まだいい加減な捉え方をしていた。
9月23日、スタッフの集まりの前にブーさんが説明してくれると言うことで朝9時に,京大の西部講堂に出かけて行ったのであった。西部講堂には、たくさんの若者が自転車とともに集まっていた。
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「おはようございます」とおよそ場違いのおばちゃん2人は、みんなから気持ちよく挨拶された。「ブーさんって方、どの方でしょうか?「オーイ、ブー!ブー!お客さんだよー」
眠そうに、ブログのあの顔が、やや、はにかみ加減にこちらに向かって歩いてきた。
そこで、やっと我々2人は、自転車を使って、書類や荷物を運ぶ仕事に従事する、サイクルメッセンジャーが世界中から、ここ京都に集まるイベントであることを知った。

メッセンジャーというのは、無線で指令を受けて、雑誌の原稿や、急ぎの書類を早く確実に運ぶことを仕事としている。主に都会で重宝がられ、世界中で何千人かの人が、毎日毎日雨の日でも、風が強かろうが、渋滞の中を、自転車と知恵と体力が必要とされ、頑張っている人々のことである。c0072993_13211511.jpg
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このイベントは、世界大会、ヨーロッパ大会、北米大会、アジアでは2002年から始まったこの京都大会が今回で4回目であるが、第4のメッセンジャーイベントと呼ばれ、世界中から強い支持をうけているらしい。昨年の参加者は、国内からは350人、外国から60人とのことで、今年はそれ以上を見込んでいるとのことだった。この日本のイベントに海外から参加する為に、苦労して貯金をし、日本語を勉強している人も多いのである。なるほど開始時間が迫ると西部講堂前には、各地から集まって、和やかに歓談したり、再会を喜び合う、日本や海外からのグループが増えている。c0072993_13234424.jpg
そして、これからいよいよ、実際の仕事と同じことを再現し、無線での指令を受け、拠点を儲け、京都の街を自転車で走るというゲームを予選、決勝と何回かにわけて競い合うのである。



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ブー1、2、3、4、と名付けられた我々ブーさんの家来は、会場、環境維持係に入り、スタッフマニアルをもらい、スタッフのTシャツを着て、主にトイレの清掃、受付け周辺の水撒きを命じられた。(故障者が出れば救護も)掃除と水撒きは1時間ごとにすることになっていたが、ゲームが始まると、メンバーは、チェックポイントに行ってしまい、残った数人で任務(?)を果たさねばならなかった。
いろんな若者が集い、汗することは見ていても気持ちが良い、自転車を愛し、“同じ仕事とライフスタイルを分かち合うという当たり前のことが現代では忘れ去られている”という主催者の言葉を、私はおおいに納得しながら見物したり、写真を撮ったりしていた。
‘ジョージア’がスポンサーになっており、飲み物は飲み放題、焼肉もビール(200円)も、飛ぶように売れていた。c0072993_13445775.jpg
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彼らの自転車を乗りこなす姿は格好いい、ハンドルよりもサドルが高く、ブレーキはなく、その愛車にはみんな相当な入れ込み様が感じられた。
夕方、市内のチェックポイントから、友人は「町を走る姿は、本当に格好いい!ほれぼれした。スポーツ誌の記者らしき人も来て、取材していたよ」と帰ってきた。
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←ブーさん、おもむろに出発  
        ↓彼らの商売道具
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ここでも充分に走る姿は見られたが「よーし、明日は京都の街を走る彼らを見て写真をとるのだ」」と、初日のゲームはまだまだ続いていたが、睡眠不足ぎみと、真夏日さながらの暑さに参った私は、陽も沈みかかる頃、翌日を約束して失礼してしまった。帰ってから、汗ビッショリのスタッフシャツを洗いながら、「疲れたー、やっぱり年は争えない」と一人呟くのであった。
翌日24日も快晴、今度は私がゲームのチェックポイントに行くことになっていたが、やや遅かったために、友人が早々に出向いて行ってくれていた。2日目も昨日と同じ任務とあいなり、「とうとう、ウンがついたみたい、宝くじでも買おうかな」と昨日のお仲間と笑いあったのである。
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この2日間、講堂の中では、グッズを売ったり、自転車競技を見たりして盛り上がっていた。
外では、いよいよゲームの決勝戦が催され、メッセンジャーに無線で指令するやりとりを眺めたり、走りこむ若者の必死の姿や、少ない人数で、一生懸命イベントを成功させようと頑張るスタッフを見て過ごした。
私は、マスコミにも、この仕事と、彼らの生きざまを一言宣伝しておけばよかったとあとになって思うのだった。
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ひょんなことから、自動車でもない、バイクでもない、自転車と言う健康的で快適な、テクノロジーの発達した現代にこそ、見直されるべき乗り物と、メッセンジャーという”スピードと信用”を大事にすることを職業とする若者を知ったのである。

そして私は、今日も、秋風を体に感じ、“じぶんの道を歩くだ”と、ひた走る彼らを、爽やかに思い出いだしている。

by taizann | 2005-10-21 11:41 | エッセー

トルコ旅行記(六) 最終回   


★ イスタンブール市内観光 
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旅も最終日、いよいよ今日は、楽しみにしていたイスタンブールの市内観光である。
ホテルの窓を開けると、コーランが鳴り響いている、人々の第一回目のお祈りの時間らしい、結構長いお祈りである。(十分か十五分位?)増えた荷物をスーツケースに押し込め、朝食後、バスへ急ぐ。台風のお陰で初日のここの観光が、今日にずれた分、午後の便で帰国するまでの半日で回らねばならない。

☆ ブルーモスク 
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イスタンブールでもっとも美しいモスクといわれ、正式には、スルタンアラメット・ジャミイと言う。十七世紀に当時、二十歳だったアフメット一世が建造、六本の尖塔が特徴で、とにかくどこから見ても壮大であり、イルタンブールの象徴であろう。
礼拝堂の内壁には、二万枚以上のユリ、チューリップ、バラなどが青、赤などで描かれたイズミックタイルで飾られている。窓のステンドグラスからは陽光が差し込んで本当に幻想的で、美しく、思わずひざまずきたくなる。アッテラさんが、イスラム教は偶像崇拝を認めないから、近代を別として優れた画家はいないと言っていたが、なるほど、ここには神を表す図柄は一切なかった。また、外庭も美しく、みんなで記念写真を一枚。

 向かい側に立つアヤソフィアは、月曜日休館日なり

☆ 地下宮殿(イエレバタン・サライ)
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 足を一歩踏み入れた途端、私は一瞬、感動で震えるものを感じた。ベートーンベンの「第九交響曲」が流れている。この荘厳さは、貯水地なのか、宮殿なのか。
紛れもない貯水池であり、高さ八メートル、三百三十六本の大理石の柱は、ビザンテイ様式の柱頭がついており、八万立方メートルの水を貯える事の出来る貯水池を支えている。
六世紀のビザンティン時代に戦争時に、水に困らないように、建設されたというから、古代の人の発想に、現代人は学ぶ必要がありそうだ。「007・ロシアより愛をこめて」の撮影に使われたと言うこの宮殿を後にして、走ってトプカプ宮殿へ。

☆ トプカプ宮殿c0072993_21144849.jpg
トルコは、十五世紀、強大なオスマン帝国を築いた。この宮殿は、メフメット二世により築かれ、約三百七十年間スルタンたちの公式の住居であった。外邸、内邸、ハーレムからなり、かつての華やかな生活ぶりに驚かされる。

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中でも、宝物殿の世界各国からの献上品、略奪品の宝物に目を奪われる。「トプカプの短剣」ケースの中に無造作に積まれている「エメラルドの山」、「八十六カラットのダイヤモンド」などには、ため息がでてしまう。
「オーイ、ルパンどこにいる?ここで、一仕事しないか!」と叫びたい心境だった。
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その後、昼食をアジアとヨーロッパを隔てると言う、ボスポラス海峡を一望するレストランで済ませ、まさしく、アジアとヨーロッパが融合する、“歴史の宝庫”に後ろ髪が惹かれる思いで、一同空港へと向かう。

空港でこそお土産が買えると意気込むが、免税店を覗いた途端、「飛行機の出発が早くなりました、搭乗口へ急いでください」と添乗員さんが走り回っている。ああーあ。
 イスタンブール発,カタール航空にて、ドーハで乗り継ぎ、ドーハの空港でこそ買うぞ
と降りると、暑さと湿気がものすごい、異常な気温にビックリ。暑いというより熱いのである。四十五度あったと、あとで知って、なお驚いた。
ドーハの空港にはアラビアのロレンスがいる、いる。「写真撮らせてください」は、どのロレンスにもあっさり断られた。この暑さに、あのいでたちはどうだ?と友人と「きっと思っているより、涼しいのに違いない」「しかし、格好いいなあ」と、あんな服、売ってないだろうかとふざけ半分で免税店をウロウロしたのである。ドーハの空港では、時間はたっぷりあったが、物が少なかったのである。

二十二時発カタール航空にて、合計十四時間のフライトであった。カタール航空の機内食は?日本食は二人むこうの席で無くなり「ソーリイ」であったが、「フィッシュ」も美味しくてぜーんぶ食べ、私は大満足。
見ると前の若者も平らげている、「頂いたお薬で、やっとお腹が直ったんです」と喜んでいた。かわいそうに、魅惑のイスタンブールを彼女も添乗員さんも、観光できていない、
でもよかった、検疫で引っかからなくて。

 どう考えても、夫への土産がない、機内の免税品のボールペンを買った、スイス製であった。
(ま、いいか、気持ちだから)。  「ただいまー」。c0072993_22324827.jpg




無事、たいした事故も無く、関空にて解散
楽しい旅をみなさんありがとう。



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現地ガイドのアッテラさん  豊富な知識と奥の深いガイドを忘れません



ブログのみなさん、暖かくお付き合い頂き、ありがとうございました。
もっと紹介したいこと、言葉足らずのことがありますが、
みなさんの励ましのお陰で完結いたしました。感謝!です。

 

                         

by taizann | 2005-10-08 21:56 | 旅行記

トルコ旅行記(五)   

★ アンカラ市内観光 
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旅も六日目、カッパドキアから首都アンカラへ、バスでまたまた、四時間のドライブである。途中、海が湖になったという大塩湖のトウズ(塩)へ、遙かむこうに真っ白の帯のように連なり、千六百平方キロにも及ぶ広大な塩の湖である。八十万トンの塩が採れる。バスを降りて歩くが、砂地が続き、地平線のかなたにあるようで途中で私はリタイヤした。
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 小麦畑を左右に見ながら、バスはアンカラへとひた走る。ガイドのアッテラさんの説明が続く、もともとアンカラは塩と農業の町であり、農業も一番古く、野生花も、ひなげしの花から、のこぎり草まで九千種にも及ぶという。トルコの花の本が回覧されるなど、アッテラさんは、どうも生物関係にも造詣が深そうで、慶応大学の遺跡調査隊にも同行するというから、なかなかのインテリとみた。
 トルコは九十九%がイスラム教であり、約十%の人がお祈りをし、断食は殆どなされないらしい、そういえば意外にもお祈りしている風景は見かけなかった。
 

地震も多く、マグニチュード六・五や七・五のものは三十年から四十年に一度、八規模の地震は、九百年に一度襲ってくるらしい。  
昼食は、見晴らしがよく、アンカラの町が一望できるレストランで(なすのケバブ)を。
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★ アナトリア文明博物館(冒頭写真)
 アナトリアの歴史を伝える世界的にも重要な博物館で、ヒッタイト王国の遺物が各地から集められており、圧巻であった。
百十三万年前の人骨、紀元前三千四百年前の青銅、八千八百年前の絵、九千年前のアクセサリー、ヒッタイト人のくさび文字、鉄を巧みに使いこなす民族の歴史や、紀元前千七百年は百種類のパスタを作っていたなどなど、とてもとても、語りつくせない歴史を見せ付けられた思いである。c0072993_1503621.jpg



中でも写真の母神像に、私は一番感銘を受けた。紀元前五千七百五十年ごろのもので、出産する女性を表現しているという、両脇には聖獣が配されている「王座に座す母神像」である。女性の偉大さを素朴に表してはいないだろうか。






旅も後半に入ると疲れが出てくるからだろう、一行の一人は、ビックりするほど、顔が腫れている、虫歯からと言っていたが、見るのも気の毒なくらい顔の半分がポンポンに腫れている。
 一番の若者は、博物館では見当たらなかった。お腹に来たと言っていたから、それどころではないのだろう、
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人事とは思えない、歯痛、下痢、おまけに捻挫などは、私は常習犯だが、今回は無事にきている、トルコの水は石灰分が多く、日本人には適さないと聞いていたから、水はもちろん、氷の入ったもの、水で洗う果物、野菜まで、控えめにしか食べていない。ヨーグtルトはもちろん、食べたかったトルコアイスも、とうとう食べなかった。
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心残りではあるが、緊張して注意していないと、こんなことになると、旅の面白味が半減してしまいかねないからと思っている。

←トルコの定番サラダ(トマト、キュウリ、香草)



 アンカラの最後に、トルコ建国の父と呼ばれるケマル・アタチュルクの眠るアタチュルク廟を見学し、アンカラから、トルコ航空の搭乗が三十分遅れで、イスタンブール入りが遅れる。
空港から急いで、「キャラバンサライ」での、ベリーダンスショーを見ながらの夕食。
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腰と胸をくねらせる色気にウットリとしていたのは男性だけかな、すかさずダンサーがテーブルに来て写真をパチリ、それを嬉しそうに買う世の男性はいずこも同じ。
世界中、ありとあらゆる国の歌で、来ている客を盛り上げるエンターテイメンターに脱帽、ここは一番日本人が多かった。みんなで歌った歌は「上を向いて歩こう」と「ソーラン節」、懐かしのメロデーなり。


 ホテルに入ったのは日付の変わる直前、
初日と同じホテルはまたまた、ダブルベット、急遽もう一つベットを入れてもらい、爆睡!。

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お世話になった添乗員の丸山文子さん。バックはアンカラ市内。



次回最終 イスタンブールから帰国へ



 

by taizann | 2005-10-04 16:13 | 旅行記