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神話とふしぎ満喫大自然の島(おまけ)   

北朝鮮の見えるところ
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今回の旅行にもハプニングが付いた。
大韓航空のストに遭遇し、済州島からの直行便は、全面欠航となり、ソウルからの最終便で帰国となった我々一行は、添乗員さんから「この際、思い切って板門店までは無理ですが、手前の統一展望台まで足を延ばしてはどうでしょうか?」と提案があった。急な話であるが、私も過去に行けなかったところなので、喜んで拍手である。
一行には、ソウルへは何度も訪れている人も多いようで、簡単に決まった。
 急遽、ガイドさんが電話で会社と相談し、ソウルでのバスもガイドさんもオーケィとのことである。しかし、ソウルに着いてびっくりしたのは我々ではない、運転手さんとガイドさんの方であった。連絡がうまくいっていなかったようで、展望台までは一時間以上かかり、近くでサムゲタンを食べられる所はない、行けるがガイドさんも行ったことがないし、何しろ新米でガイドもできないというありさま、仕方ないサムゲタンは諦め、とにかくそこへ行こうとバスは走った。突然の話にガイドさんは、一般的な説明もできずとまどっている様子だ。
 一行の中に、小さいときに中国から終戦時、北から南下し、辛い思いをしながら日本に引き上げたと言う姉妹がいて、思いがけなく懐かしい辛い思い出の残る場所なのであると、よみがえった当時の話をしてくれた。貴重な尊い経験談を聞いた。
途中で、石焼ビビンバを食べ、オドゥ山統一展望台へ着いた。雪が残り、四階建の開館後十三年しか経っていない、コンクリーだけの建物の中に入るには、妙に緊張すると感じたのは私だけだろうか。
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臨津江(イムジンガン)と市内を流れる漢江(ハンガン)の合流地点にあり、窓ガラス越しに、北朝鮮の村が見える。五百ウオンを入れた双眼鏡から手に取るように北朝鮮の様子がわかる。
山も見えるが木々がない、畑も見えるが作物が作られている気配はなく、人はまったく見えない、建設中の建物も、ずっと放置されたままらしい。畑に肥料を撒いている光景もないらしい。あたり一面の寒々とした印象は私の偏見だろうか。川を隔てた、一番近い所でわずか四百二十メートルのすぐそこに、北朝鮮がある。最近は北からの看板や例の放送も自粛しているらしい。「同じ民族が二つに分断されている悲しい現実を知ってください」と館内のテレビから流れていた。

リムジンガン(臨津江) 作曲者 高 宗漢(コ・ジョンハン)
(1) リムジンガン 水清く
  静かに流れゆき
  鳥は河よぎり 自由に飛び交うよ
  南の故郷(フルサト)へ 何故に帰れぬ
  リムジンの流れよ 応(コタ)えておくれ
(2) 悲しく 水鳥は
  南の岸で鳴き
  荒れた野良(ノラ)には むなしく風が立つ
  幸せ花咲く 祖国の北の歌
  リムジンの流れよ 伝えておくれ


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バスは出発までの時間を、市内の渋滞をかき分け、南大門へと目指す。ソウルの街も数年前に来た時よりもなんだか都会的になっている、ロッテホテルの前のイルミネーションも見事だった。良く泊まった懐かしいヒルトンホテルには、また来れるようにとちょっとトイレに失敬しておいた。
あの雑踏の南大門市場も相変わらず、嬉しかった。だが、一瞬、今、見てきた北朝鮮との違いが頭をかすめた。
わずかな時間を利用し、ゆず茶、海苔、豚足を求めて走り回った。c0072993_15564884.jpg















帰りは思ったとおり、空港の出発ゲートで一日前に出発していた娘とバッタリ会った。自宅へのシャトルバスも一分と違わず二人は家に着いた。「臭いなあ!」と夫は迎えてくれたが、娘と「思い切り食べたもん」と顔を見合わせ、笑ったのあった。   (終わり)
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by taizann | 2005-12-28 14:29 | 旅行記

神話とふしぎ満喫大自然の島   

済州島三日間(二)

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(雪の済州島と漢ら山)

エステから帰ったら寝て、朝からアワビのおかゆをいただいて、なんと贅沢な、なんと幸せな旅であろうか。
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済州島の二日目も、昨日と同様やはり冷え込んだ朝だった。今日は島の北西方面を回るので、防寒対策をしての出発である。
済州島の最高峰、漢ラ山(ハンラサン)の頂には雪が積もっている。漢らというのは、宇宙をつかむという意味らしい。島の人々にとって日本の富士山みたいな存在であろうか。
そもそもこの島は、ハンラサンの噴火でできた島である。c0072993_10152611.jpg











その山の噴火でできた龍の頭の形をした、龍頭岩をめぐり、申栄映画博物館へ、主に古くからの韓国の映画の撮影機材や俳優の写真、記録が残されている。日本映画の関係のものもあるのだろうかと思ったが、考えて見れば無理な話であろう、韓国ではごく最近になって日本の文化が解禁になったのだから。
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(ヨンさまは、毎日キス攻めに合い大変なのヨンと言ってました)
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万丈洞窟は溶岩洞窟としては、世界で最長らしいが、真っ暗で足元も悪いし、気味悪く、途中で引き返してしまった。
韓流フアンには嬉しい「オールイン」のロケ地であるソプチコジに着くと、みなさん今にも涙でも流さんばかりの感激ぶりである。私は「オールイン」を「オールインワン」と言って笑われた程、韓国映画を見ておらず、今時のブームに嵌っていない、悪いがなんにも感じない。でも、白い教会と、灯台の見える青い海と、遠くに見える日の出岬などのパノラマは、本当に美しい、ラブストーリーにはもってこいの場所だと思う。
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日の出岬までのバスの中で、添乗員さんからの一大発表があった。「明日の済州島からの関空への直行便は、全面欠航です。それで
明日は、まず、国内線でソウルへ行き、ソウルのイーチョン空港からの大韓航空の最終便で帰ることになります。」「それで、朝早いですし、今、ガイドさんと交渉中ですが、折角ですから、少々お金が要りますが、みなさん、サムゲタンを食べていないし、ソウルでサムゲタンを食べ、観光すると言うのはどうでしょうか」と提案があった。反対者はいない、即、追加料金が徴収され、決まりである。私は(おまけでソウルへ行ける)と内心喜んだ。今日の昼は、ブルコギである、しかし、韓国料理は、野菜も多くどうしてこんなに美味しいのだろう。c0072993_119394.jpg


日の出岬から、牛頭へ、日の出岬は、噴火口が海に突き出た、見上げるほどの山であり相当にきつい、三十分はかかる山を、一行の半分の人は登っていった






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↓(昔のトイレの説明、棒を持ってブタを
     追い払いながら用をたすサマ)
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  邑民族村は、六百年前の村を保存するため国が、ここに住んでいるものには税金免除、ここだけ義務教育も高校までなど保存に力を入れている。柿のシブで染めた作業衣のボランティアの人が説明してくれる。この村でしか売っていないという珍しい五味茶を買った。
バスの中では、添乗員さんが、帰国の日の夜に忘年会で披露する予定だったというマジックを見せてくれた。夕食には、貝やカニのいっぱい入った海鮮鍋を食べ、予定の二日間の済州島の旅は無事終えたのである。

ホテルで友人と、「二泊三日なんてあっというまやねえ」「明日は、南大門でいっぱい買い物しようね」などと言いつつも、寂しくなった財布の中身を点検し、出発の早い明日のために就寝となった。
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↑ トルハルバン (石のおじさん、子宝の神、守護神として済州島にはあちこちに見られるが、
大抵はイミテーションだが、村には本物が4つある。鼻をなでるとご利益がある)


次回 おまけ「北朝鮮の見えるところ」までお付き合いください <

by taizann | 2005-12-20 12:07 | 旅行記

済州島三日間   

神話とふしぎ満喫大自然の島(一)
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このキャッチフレーズと東洋のハワイと言われている済州島へ行ってみたくなった。
トルコ旅行でお世話になった添乗員さんも一緒と聞いてなんだか嬉しくなっていた。
遊びで朝の早いのは苦にならないが、ハプニング続きの私の旅が果たして無事出発できるのだろうかと言う心配もなくはない。
 北国育ちの私も、このところの冷え込みから、手袋や、マフラーとさすがに手荷物が多くなった。家から関空へは、二時間足らずであり、一向十三人も揃い、さあ出国である。
 添乗員の丸山さんも「私も今回は半分プライベートで楽しみたいと思っています」とのことで、一通りの説明が終わったが、おまけがあった。「実は、困った問題が出てきました。今日から大韓航空はストに入りました、それで、済州島へは行けるのは行けるのですが、帰りの予定が変更になるかもしれません、ソウル回りという可能性も考えられます」「行けないのは嫌だけど、行けるのなら、別に二,三日延びても良いわよ」と冗談を言ったが、内心(それ、きた)と思った。そして友人、丸山さんとトルコ組は顔を見合わせて「やっぱりね」と笑った。
済州島空港に降り立つと、結構寒い(八℃)、昨日まで、今年一番に気温が下がり、雪も積もったらしく、あちこちにまだ雪が残っていた。しかし、ヤシの木々が茂り、みかんが生り、確かに南国の風情である。現地ガイドは玄(ヒョン)さんである。専用バスと、なかなか上手な日本語ガイドさんだった。
まずはトケビ(お化け)道路へ向かった。
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←(道路は確かに傾斜して見える)












道が登りなのに、空き缶や、ペットボトルを置くと、登っていく、のではなく転がって下っていくのである。目の錯覚らしいが面白い。
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→(左が高く、右が低く見えるのだが、空き缶やペットボトルは左に転がっていく。
大口を開けて喜ぶ添乗員の丸山さん) 







昼食は、「キジしゃぶ」である、はじめてキジを食べたが、脂肪がなくあっさりとしていて、ヘルシーなものであった。c0072993_2058336.jpg
 済州島は、人が一万年前から住み、現在、人口五十五万人、大阪府と同じ面積で、観光七十%、みかん産業十五%で成り立ち、本土からの新婚旅行者も多く、日本と中国からの観光客が多いそうである。チェジュ島というのは、(海を渡る島)と言う意味で、昔は陸続きであったことが島に生息しない熊の骨が発見されたことで証明されている。日本の熊本からデコポン(ハンラポン)が伝わり、温州みかんの栽培が盛んになったらしく、当時は「大学の木」といわれるほどみかんの木が一本あれば子供を大学まで行かせられたと言う。島の東南一帯は、見事に橙色のみかんがたわわに実っている。


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山の中の天地淵瀑布の滝を見、次に神様が造ったという高麗時代の寺の山房窟寺(サンバングルサ)は、山の中に山があると言う寺で、四百段以上の階段からは、水がしたたり、その水を飲むと二十年長生きするとか聞いて、みんなは元気に登って行った。この島は仏教、カトリック、キリスト教の信者が同じ位で信仰している、信心深い国のようだ。
溶岩でできた奇岩や絶壁が続く西帰浦海岸は、日本の東尋坊を思い出すような景色が絶景だ。
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そして次は「オールイン」のロケに使われた「ロッテホテル」に案内してくれた。ガイドさんの話では、韓国へは、ゴルフの目的の男性客が、今や、逆転して圧倒的に女性客が多いという、韓流ブームさまさまで、ガイドも何が話せなくとも、韓国映画の知識だけは、とことん仕入れていないとお客さんにバカにされるらしいのである。このホテルもお金をかけずにマーケティングしたといわれ、超人気だそうで、高そうだ。
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我々の宿泊は、島で一番大きいと言う「ラマダホテル」である。夕食は

夕食後、今回の一番の目的の「エステ」へと繰り出した。二時間のコースでソウルより特別丁寧な「済州島エステ」である。
よもぎ蒸しから、垢すり、足つぼ、全身マッサージ、パックと、もういいと言うくらいの
スペシャルで、ホテルに帰ったのは十一時を過ぎていた。
一日目、ベットに入ったとたんに気持ちよい眠りに落ちたのは言うまでもない。

by taizann | 2005-12-13 22:06 | 旅行記

秋の旅行(三)   

くじゅう花公園より阿蘇連山を望む
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 朝から雨も上がり、快晴に恵まれた二日目、夕べ、熱を出して救急病院で診察を受けた彼女も、大分いいようだ。今日又、耳鼻科の先生に診てもらうことになっていたので、もう一度病院で、診察と、点滴をしてもらい、旅は何とか一緒に続けることになった。ジャンボタクシーの後ろでしんどいときには横になりながらである。
 私達の今日の観光の希望は、耶馬渓、由布院から、青の洞門までである、運転手さんもベテランらしく、行きつ戻りつしながら回ってくれた。
 大銀杏で有名な大杵社神社で小さいときによくやった銀杏拾いをした。縁起がよいという言う正月用の銀杏ができた。
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青の洞門を掘った禅海和尚が修行した興禅院は、門前で立派な仁王さまが立ち、迎えてくれるが一歩中に入ると母子観音や、六地蔵など所狭しと、ひっそりと並んで、しかしなぜか穏やかな心落ち着く寺であった。







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その後、湯布院は、紅葉が見ごろなことと、人気スポットと言うことで大変な人であった。何度も訪れている者ばかりなので、金隣湖のまわりを散策し、「シャガール展」を覘き、昼食をとった。
 ベストシーズンの耶馬溪は、家族づれやカップルで大賑わい、美しい紅葉を、歩いて見るつもりであったが、帰りに渋滞に巻き込まれそうで、車の中からの見物になってしまった。
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私は、羅漢山の中腹にある、まるで山寺という趣の、羅漢寺がたいそう気に入った。
ここは千三百年前(六百四十五年)にインドの高僧、法道仙人が霊感を感じてつくったという。リフトで登り、そこから岩壁を這うように参道が造られている。三千七百七十七もの石仏が安置され五百羅漢があり、そこにはおびただしい数の、参拝者の願いを書いたしゃもじには驚いたが、願をかける人々の厚かましさに笑ったり、増える一方のしゃもじを心配したり。こんな山の上に、霊感とはいえ、当時はリフトがある筈もなく、昔の人の力に恐れ入った。
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↓(この願いは、欲張りすぎはしないか?)
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最後に青の洞門である。みんなは教科書に載っていたので、行ってみたかったのだと言っているが、菊池寛の「恩讐の彼方に」であまりにも有名だ。禅海和尚が、羅漢寺に参拝する人や馬が断崖から落ちる様子を見て、四十九才のときにノミとツチで掘り始め、三十年の歳月をかけ完成したという。初めは、きちがい扱いされたが、二、三年後には、村人の協力もあり、決して一人で掘ったのではなさそうだ。今は車が通るトンネルになっているが、和尚が刻んだという素堀のトンネルも残っている。
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 あたりも暗くなり、運転手さんは、今晩の宿の黒川温泉の「黒川荘」に急いでくれた。黒川荘も、中々の宿である。料理も、季節の物を生かし、ころあいを見計らって、
冷たいものは冷たくして、暖かい物は暖かく出してくれるこだわりに乾杯!。豊後牛は特別美味
しかった。どうやら、彼女も無事で観光でき、まずは良かった。









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←(黒川荘)

三日目、阿蘇までの途中、くじゅう花公園に立ち寄ったが、時期的に咲いている花が少々さびしい感じだが、見晴るかす阿蘇の連山が美しいところであった。
私は前から、草千里や阿蘇の雄大な景色をもう一度見たいと願っていた。のどが痛いという彼女はぐっすりと眠っていた。車に彼女を残し運転手さんに頼んでおいてリフトで頂上へ登った。何十年も前に見た阿蘇はちっとも変っておらず、相変わらずもくもくと煙を吐き出して活きていた。c0072993_0311929.jpg





旅の最後は、幹事が絶対お勧めと太鼓判を押す国道二百二十二号線沿いにある「花唐符」(はなとうふ)という店で昼食である。友人が経営しているからではなく、本当にいいお店である。安いだけではなく、季節の山菜をおりまぜた、オリジナル豆腐料理と天然素材を使った豆腐料理店とうたっている。見て楽しく、味わって美味しく、健康的な料理で、見事なアイデア料理に一同大感激であった。
空港への途中、昨夜の馬肉の刺身が美味しかったという話から、運転手さんが「僕が良く買う」という馬肉専門店へ連れて行ってくれた。図らずも、大好物の馬肉の刺身がだんな様へのお土産となった。
かくして、「始めよければ、すべてよし」とはいかない、トラブル続きの我々の秋の旅行は終った。この旅の中で、来年の予定は決定する、三泊四日で北海道である。



体調の優れなかった彼女は、帰宅した夜半、また、発熱し、救急病院から
大きな病院への転送となり、2週間の入院後、現在自宅療養中である。
唾下腺へ細菌が入ったらしく、見舞いに行ったときには、顔が見事に腫れ上がり
可愛そうな状態であった。
「やっぱり、無理をしたんだねえ」と言うと「いやいや、結構楽しかったんだよ」と
言っていました。

by taizann | 2005-12-03 00:33 | 旅行記